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衰退途上国にはさせないために

選挙戦が事実上スタートし、私も全国の各所に応援に伺っている。ここでしっかりと日本に残された最後のチャンスの時を活かすためにも参議院での勝利は不可欠である。

しかし、残念なのはテレビを見ても、新聞を見ても、とにかく異常なほど注目は舛添都知事の話ばかり。しかも、自民党が一番苦しい時に後ろ足で砂をかけて出て行った方について、都連が推薦したとはいえ、これを国政と一体化して参議院選挙の争点化するかごときの陰謀があるのも残念なことである。

たとえばある会社の経営が傾きつつあるときに、その社内で誰が悪かったのか、あるいはその社内のスキャンダルの追及のみに全力を掲げているところがあったら、社外から見てどう思うか?おそらく、あの会社はもう駄目だな、と思うだろう。そういう会社の株は買わないだろうし、重要な取引も控えるだろう。

日本の状況というのはそれと似ている。少子化、高齢化、人口減少、財政赤字や経済の国際競争力の低下などは明らかであり、そこから派生する経済の潜在成長力の低下や地方の衰退は、世界から見ていれば日本を「衰退途上国」と見るに十分な要素である。本来、そこに対して、これまでにないチャレンジをしながら「衰退」から「発展」へどう転換するか、あるいは豊かさのベースを経済からより心など本来の人間的なものに変えるとか、年齢という既成概念に対する歴史的発想の転換を図るなど、大きな「創業」をしなくてはいけない時期である。そして、それは可能なことである。

それにもかかわらず、やっているのはひたすら国内で次々と誰かを血祭りに上げ、何かが良くなければそれを人のせいにし、野党は何の対案もないのにとにかく足を引っ張ることのみに全力を挙げている。

若い人は、そういう貴重な時を無駄にし、刻一刻と近づいてくる超超少子高齢化社会と数千万人単位の人口減少、そして背負いきれない膨大な社会保障や公共施設の維持費等の負担、財政破たんなどを直感的に感じている。だから、日本を飛び出せる人は飛び出しているし、将来への不安で子供を作ることも本能的に諦めている人も少なくない。

舛添知事が辞めても必ず次のターゲットが見つけ出され、血祭りにあげられる。その人が辞めてもまた次が続くだろう。そして、本来民主主義は「何かが悪ければ自分が変える」という主体性がすべての人にあるはずだが、政治と民がますます距離が開いてくれば最後は超ポピュリズム政治が生まれて、そののち独裁制に移行するか、その体制は崩壊する。これがローマ帝国をはじめ、どんなに隆盛を誇っても滅亡を繰り返してきた国々の歴史である。舛添さんに対する加熱した状況を見ていると日本は今確実に衰退している、と思わざるを得ない。

しかし、まだ希望はある。日本にはまだまだ底力がある。やればできる。私は国内の血祭り・粛清合戦には加わることなく、ただひたむきに日本の繁栄と日本国民の幸せのために活動し続けたい。

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