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戦艦武蔵慰霊祭

戦艦武蔵が発見されてからは初めてとなる洋上慰霊祭に参加した。祭典委員長という立場であった。 もともと、武蔵一宮氷川神社から分祀を受けた戦艦武蔵の艦内神社であった武蔵神社とのご縁からさいたま市の有志にて戦艦武蔵顕彰碑を立てよう、ということで始まった戦艦武蔵顕彰会を発足させたことに話は始まる。氷川神社は私たちにとって誇りであり、そこから分祀を受けた戦艦武蔵もまた誇りである。 武蔵が沈没したのは1944年10月24日のことである。昨年が沈没後70周年、そして今年は終戦から70周年の節目の年である。その年に武蔵が発見されたという報を聞いて、いてもたってもいられず、顕彰会、元乗組員やご遺族の皆様の戦艦武蔵会、さらに武蔵の発見や引き上げをしようとしていた武蔵プロジェクトの皆様など約40名で慰霊団を組んだ。 中でも、90歳になる種村氏、早川氏、そして大場氏の3名にご参加頂いたのは光栄であった。 マニラからカリボまで飛行機で1時間、そこから車で2時間、さらに観光用のボートで5時間、とてつもない揺れに耐えながら現場に向かった。そして、安倍総理からお預かりした追悼の言葉も私が読ませていただいた。 戦艦武蔵の往時の旗を掲げる中、早川氏が号泣し始めたので私も皆もつられて男泣きした。海に眠る英霊に改めて皆様のこと決して忘れず、感謝と平和への思いを続けていくことを誓った。

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